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■ |VVV| ■ 第六録の二 ■■■■
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●第六録「亀と羊と兎とハギス」(二)
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◆汝、ハギスの前に……
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どこかで予兆も無く、金属と木材の、擦れるような音が聞こえた。
振り返ると丁度、あの古めかしいドアがゆっくりと開いていく所で、続
いて、女の人が一人、向こう側に立っているのが見える。
ドアの向こうのその人は、よくカレッジのホールで見かけるSCR
(*14)な人達用のウェイトレスさんだ。もちろん、美しい。それから彼女
は、ゆっくりと歩を進めて中に入って来る。良く見ると、何だか頭に兎の
耳でもつけてそうな格好をしているじゃないか。決してハイレグの編みタ
イツって訳じゃないんだけど、嫌いじゃないドレス。いや、人間素直にな
ろう。好みです。オヤジ趣味とは敢えて呼ばない。おっと、鼻の下には気
を付けねば。
それから突然けたたましい音が場内に鳴り響き、体の奥まで沁み込んで
来る。ブタか羊の鳴いたような音色……これだ。これが例の「バグ・パイ
プ」の音だ。誤って、梅雨まっ最中のウシガエルを想像しそうになったけ
れど何とか掻き消す。
なだらかな草原の向こうにほんの少し隆起した丘が見え、そこに一本の
木が立ちつくす。その周りを羊達がたむろしており、メーメーと嬉しそう
な、それでいて何だか悲しそうな声を上げている。草が静かになびいてる
原っぱの上に、大きな雲の陰と輪郭が大自然の運動を伝え、瞬く間に大ス
クリーンへと変貌していく。
そんな、西洋絵画のような牧歌的風景を思い描いていると、足音が聞こ
えて我に帰った。会場の中ほどに座っていた僕らの席に先程の二人がやっ
て来たのだ。いや、三人?
先頭には先程のウェイトレスさん、その後ろを、あれ、お前なんでそこ
にいるの?
二人目の男は、僕の一期下の人間で、この前一緒に酒を飲みながらグラ
スゴー(*15)の話をしてくれた奴だ。スコットランドの新年祝いの話をし
てくれてたっけ。どちらかと言うとゴツゴツとした顔で、笑顔に人の良さ
が表れる。名前は……確か、ジャック。
視線を戻して、きれいなウェイトレスさんに見とれていると、彼女が突
然こちらを向いて僕と一瞬目が合う。思わず僕がほほえむと、彼女も一瞬
ほほえみを投げかけてくれた。「ほほえむ姿もぐっとくるよ(低音)」と
心の中で囁いていると、すぐ後ろのジャックが視界に入ってきて、僕にウィ
ンク。まただよ、おい(*16)。タイミングよすぎるよ、というか悪すぎる
よ、というかなんでお前そこにいるの?
それにしても、馬子にも衣装とはこのことだ。ジャックは艶やかなスコッ
トランドの民族衣装に身を包み、手に、刃渡り1フィートほどのナイフを
持っている。ナイフの物騒さとそいつの屈託ない笑顔が、奇妙なコントラ
ストを成していた。無性にジャックの耳元に囁きたい衝動に駆られる。
「そんなに笑うと却って不気味だよ。馬子にも衣装というより、それじゃ
あ切り裂きジャックだろ(*17)」なんて。
こんな奴より、女の子女の子。
ウェイトレスさんの手には大きな金属皿があって、その上に、丸焼きに
された、変な球体状の物質が乗っている。ぱっと見ると、まるで漫画に出
てくるブタの丸焼きから足をもぎ取った感じだ。何だあれは、と疑問に思
う前に隣りの奴が囁いてきた。「あれがハギスだよ」
驚いた顔をそいつに見せている隙に、獲物は目の前を通り過ぎてしまっ
た。
三人目の男は、これまた民族衣装をまとって脇にはバグパイプを抱えて
いる。間近で見ると、でっかいハギスに見えないこともない。小さい頃に
日本で吹いていたリコーダーのような筒が、三本四本と白ハギスから飛び
出していて、妙に親近感を覚えた。
そんな感傷も束の間、前の二人と一緒に、バグパイプもすぐさま通り過
ぎてしまった。まるで救急車にでも遭遇した感じだ。通り過ぎたその救急
車は、遠くから聞くと「あーのねーのねー」と言っているように聞こえた
り、TVアニメのブタの鳴き声にも聞こえ、いがらしゆみこの漫画(*18)
に出ていた楽器のようにも聞こえたり。(そりゃ本物だ)丘の上の王子様
が『ハギス』持って出てきたりしたら、びっくりするだろうな。
一隊はまもなく、一段高いハイ・テーブルに到着して、何やら聞き取り
にくい言葉で語り始める。語りと言うより、ちょっとした一人芝居に近い。
良く聞いてみると一応英語なんだけど、凄く癖のあるスコットランド方言
だかなんだかのせいで、雰囲気しかつかめない。でもそのせいで雰囲気は
満点だった。
「やあやあ我こそは、
偉大なるスコットランドはゴードンの末裔、ジャックである。
皆の者の健康と今日と言う日の祝福の為、七日七晩の旅に出てきた。
〜中略〜
やあっ たあっ と踊り出て、必死の思いで捕まえて来た。
諸君らも心して食す様に」
羊の胃にラムのミンチを詰めただけの物なのに、何とも大げさだ。
周囲からは、大きな歓声が沸き起こり、台上のジャックを無意味にはや
し立てている。お前ら、昨日一緒にカレッジのバーで飲んでたじゃないか。
ノリがいいんだか、いい加減なんだか。とにかくそう思った。もちろん、
半身立ち上がったまま口笛を吹いている自分の事は棚に上げて。
暫くして会場が静かになると、ジャックは突然剣を振りかざし、一篇の
詩を読み上げ始めた。
Address To A Haggis
『ハギスに捧ぐ』
Fair fa' your honest, sonsie face,
Great chieftain o' the pudding-race!
Aboon them a' yet tak your place,
Painch, tripe, or thairm:
Weel are ye wordy o' a grace
As lang's my arm.
ようこそ、汝、正直な丸顔よ、
偉大なるプリン族の族長よ!
彼ら全ての上に、汝、己が場所を有す。
牛肉、牛の胃、若しくは子羊肉の上に:
汝、神の祝福に値するのだ、
我が腕と共に。
The groaning trencher there ye fill,
Your hurdies like a distant hill
Your pin was help to mend a mill,
In time o' need,
While thro' your pores the dews distil,
Like amber bead.
呻き声を上げる皿を 汝は満たし
(不満で充るつ塹壕兵を 汝は満たし)
汝のお後(しり) あたかも遠き丘の如し
(丘=氷河で切り立った巨大な崖を指す)
汝の留め具 恐らく機械をも直し
必要とあらば
(食事の際には)
汝の毛穴より雫が蒸留されるその時
琥珀色の寝台になるであろう
(うまそうになるだろう)
His knife see rustic Labour dight,
An' cut you up wi' ready sleight,
Trenching your gushing entrails bright,
Like ony ditch;
And then, O what a glorious sight,
Warm-reekin', rich!
彼の短刀 その性根良き荒くれ者が拭う
彼の全力を尽くし 汝を真二つにせんが為に
沸きいづる汝が臓物の 輝かしきを現す
まるで水路の如き
而(しこう)して、おお何と神々しき光景、
温もり、腕を広げるかに、豊かなるかな!
(from "Address To A Haggis" by R.Burns; くるり学訳)(*)
朗読の声が途切れた後、皆の視線はジャックのナイフに注がれる。
視線の集中がピークを迎えた瞬間、振り上げていたナイフはそのままき
れいに振り下ろされた。きれいな女性の目の前、まん丸いハギスの真中に
突き刺さり、それからブスリと真っ二つにする。遠目からも汁が零れ出て
いるのが分かる。うーん。見るだけだったら、重厚で旨そうだ。
一同拍手。それから、一隊は元来た道を戻って行った。
それにしても、台上の格好よさに比べて帰っていく様はなんとも所在な
さげだ。そう言う所の演出を、こっちの人は意外にも気にしないんだよな。
イギリス人は格好いいんだか大雑把なんだか。まあ、多分どっちもなんだ
けど。
そんな感じで、儀式は無事終了した。
ジャック・ザ・ゴードンさん、お疲れさま。
(つづく)
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